2023年、仕事を納めました。スッキリ!
これまでずーーっと「組織で働くのしんどすぎる!」と悩み続けたアラサーのわたし。
この1年、大きく環境を変えて完全在宅で働き始めてから、『働くこと』に対する考え方に変化がありました。
ついに仕事が納まりました
「この日のために1年間働いていた」と、言っても過言ではありません。
ついに、年末年始がやってきてくれた!
定時ちょうどに"シャットダウン"を押して、パソコンをぱたんと閉じた瞬間…!
わたしたちに残されたミッションといえば、ひたっすらにダラダラするだけ。
夜更かしもするし、不摂生もするし、いつもは見ないテレビもとりあえず流すし、夏休みの子ども気分でいいんだから。
積極的に"怠惰な暮らし"を送る予定でございます。
あなたもね、意思を持ってダラっと過ごしましょ!
仕事との向き合い方は自由でいい
ダラダラする前に、仕事納めのスッキリ感とともに感じたことをまとめました。
これを書き終えたらダラダラします。(いらない報告)
- 働くってステキなことなんだね
- 『働く喜び』を感じにくい世の中
- 働くのに立派な理由はいらない
働くってステキなことなんだね
わたしは、1年ちょっと前から在宅でお仕事をしています。
組織で働くことによる煩わしさから解放されたくて選んだ道だったんだけど、とってもいい選択でした。
これまで約10年間、「働きたくない!」の一点張りで生きてきたアラサーのわたし。
そんな労働反対過激派だった女が、今日、ふと思ったの。
働くってステキなことだし、ありがたいことなんじゃない!?
(人間関係とか)余計な気苦労が減って、シンプルに『働くこと』と向き合える環境が整ったことで、考えが変わったんです。
どうしても切り離せない"人間関係"や"規則"の存在によって印象が悪くなっていただけで、『働くこと』そのものは悪じゃないと気づきました。
『働く喜び』を感じにくい世の中
『働く』って、本来はすがすがしい気持ちにさせてくれるものだと思うんです。
誰かの役に立ったり、社会に参加していけたり…。
で、「そんなありがたいことをしてくれたあなたには対価を支払いますよ。」ってことで、お給料が発生する…と。
けどね、今の時代、なかなかイメージしにくいんだと思う。
なんて説明したらいいんだろ、働くことがシステム化されすぎちゃってるというか…?
たとえば、『働く=上司とうまく付き合う』とかさ。
そもそもは"おまけ"だったはずのことが、メインにすり替わっちゃってる感じがするんだよね。
そりゃ嫌になるよね!
本来、働くってそういうもんじゃないよね?(30代のわたしがエラそうに言えることじゃないんだけども。)
わたしたちの仕事の先には、必ず受け取る"人"がいて。
その人にも仕事があって、その先にはまた受け取る"人"がいて…って人を通して循環している。
誰かの力になれていると実感できたら『働くこと』のポジティブな一面も見えやすくなるはず。
けど、会社の中の一部署に所属している状態だと、受け取る"人"と距離がありすぎて、まあ…実感しにくい。
働くのに立派な理由はいらない
わたし自身、今のお仕事で「社会貢献できてるなぁ」とか「今この瞬間、誰かを笑顔にできている!」なんてイメージできたことはない。
なかなか喜びを実感しにくいシステムになってるんだから、それでいいと思うの。
働く理由とか、仕事に対する考え方って人それぞれでいいよね。
『人生における"仕事"の位置づけ』って自由だもん。
働くために立派な理由なんてなくてもいいよ。
- おいしいものを食べたいから働く
- かわいい洋服を着たいから働く
- 旅行したいから働く
- 趣味を楽しみたいから働く
こういうので充分、というか健全な理由だと思うんです。(もちろん『生活のため』があるのは前提として)
社会の労働システムができあがりすぎてしまって、ただシステムに組み込まれて"働かされてる自分"感が強くなってるんだよね。
ちょっと悲しいことだな…なんて思いました。
働くために生きないでね
言いたかったのはね、だいたいこんなこと。
働くってステキなこと。
人間関係や規則というオプションが悪さして『働くこと』の魅力をわかりにくくしてるだけ。
だから、前向きな気持ちで働けなくても、自分なりに納得のいく"働く理由"が見つかればそれでよし!
そしていつか、「働くってステキ!」と実感できるように、自分が理想とする生き方や働き方を探求することはやめないでおく。
人生のなかに仕事があるんだから『働くために生きる』にはならないようにね!
真面目な人、責任感が強い人は特に、忘れてしまうから気をつけて。
仕事の悩みは尽きない。来年もきっと悩むけど、それでいいのだ。
…よし、最後までまとまらないけど、もうダラダラします!